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佐賀地方裁判所 昭和28年(ヨ)47号 判決 1953年9月15日

申請人 船山虎雄 外七十三名

被申請人 井上鉱業株式会社

主文

被申請人は申請人等に対し、それぞれ、別紙目録の認定金額欄記載の金員を仮に支払わなければならない。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(無保証)

事実

申請人等訴訟代理人は、被申請人は申請人等に対しそれぞれ別紙目録の請求金員欄記載の金員及びこれに対する昭和二十八年七月七日から右完済まで年五分の割合による金員を支払わなければならない。との仮処分命令を求める旨申立て、その理由として、被申請人は石炭の採掘販売を業とする会社であり、申請人等はいずれも被申請会社の経営に係る佐賀県東松浦郡相知町町切所在の町切炭砿の砿員として雇傭され、石炭採掘の業務に従事していた者であつて、町切炭砿砿員労働組合の組合員である。被申請会社は右町切炭砿が昭和二十八年六月下旬の水害のため事業継続不能になつたという理由で申請人等全員を同年七月六日附で解雇した。被申請会社と町切炭砿砿員労働組合との間で昭和二十六年一月に契約として締結され、現に効力を有する町切炭砿砿員退職規程がある。同規程第二条及び第九条に左の如き退職金支給の定めがある。

第二条 退職者に対しては左の各号により算出した額を退職手当として支給する。

1.満一ケ年以上(勤続年数) 基礎賃金の十二日分

2.満二ケ年以上       基礎賃金の二十四日分

3.満三ケ年以上       基礎賃金の三十六日分

4.満三ケ年以上を超える者には一年を増す毎に十二日分を加算する。

第九条 会社の都合により解雇した場合は第二条の金額の外に基礎賃金の二十日分と勤続加算一年につき五日分を支給する。

右基礎賃金は会社と組合との協定により定めることとなつていたが、本件解雇当時における右協定賃金は坑内夫四百七十五円、坑外夫二百九十円となつていた。そして申請人等に対する本件解雇は会社の都合による解雇にあたるものであるから、被申請会社は申請人等に対しそれぞれ右退職規程第二条第九条により算出した別紙目録の請求金額欄記載の退職金を支払う義務あるものである。申請人等は前記昭和二十八年七月六日の解雇に際し、会社から解雇予告手当も休業手当も何等支給されず、全く不意打に失業状態に投げ出された。現在は僅かな失業保険金で本人及び家族の露命をつないでいる状態であるが、会社は言を左右にして未だに退職金の支給をしない。昭和二十八年八月二日には本件につき佐賀県地方労働委員会の斡旋案が示されたが、会社はこれをも拒否した。そこで申請人等は被申請会社に対し退職金請求の本案訴訟を準備中であるが、本案判決確定までは相当の日時を要すべく、その間僅かな失業保険金のみで生活しなければならない申請人等は取りかえしのつかない損害を蒙ることとなるので、本案判決確定に至るまでの仮の処置として右退職金の仮の支払を求めるため本申請に及ぶと陳述し、被申請人の主張に対し保護砿員(年少者及び女子砿員)の協定基礎賃金が二百六円であることは認めると陳べた。(疎明省略)

被申請人訴訟代理人は本件仮処分申請を却下するとの判決を求め、答弁として、申請人等主張事実中申請人等が被申請会社の経営に係る町切炭砿の砿員として雇われ、同炭砿砿員労働組合の組合員であつたこと、申請人等主張日時に被申請会社が申請人等を解雇したこと、右労働組合と会社との間に申請人等主張の如き退職規程が存すること、協定基礎賃金が坑内夫、坑外夫につき申請人等主張のとおりであること(但し保護砿員すなわち年少者及び女子は二百六円である)、申請人等の勤続年数が別紙目録記載のとおりであること、本件解雇の際予告手当及び休業手当を支給しなかつたこと、佐賀県地方労働委員会の斡旋案を会社側も拒否したことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。被申請会社は町切炭砿における石炭の採掘販売を唯一の事業とする会社であるが、今次の大水害により右炭砿が水没破壊されて事業継続が不可能となつたため、労働基準監督署長の解雇予告除外認定を受けた上、申請人等を解雇したものである。そして本件退職規程においては右の如き天災事変による事業継続不可能のための解雇の場合については何等の定めもないから、結局本件解雇については退職規程の適用はないものという外ない。故に被申請会社に退職金支払の義務はない。なお申請人等は現に失業保険金の支給を受けており、社宅居住者は住居費、電燈料、水道料、薪炭費等会社負担のまま居住を続けており、自宅居住者は父兄又は本人経営の農耕等に従事する者も少からずあつて、いずれも今日直ちに生活に窮するというものではなく、従つて本件の如き申請人等に本案の勝訴判決を受けると同様の満足を与える仮処分をなす必要性はないものである。よつて本件仮処分申請は失当として却下せらるべきものと信ずると述べた。(疎明省略)

理由

申請人等がいずれも被申請会社経営の佐賀県東松浦郡相知町町切炭砿の砿員として雇傭されていた者であり、昭和二十八年七月六日附で一せいに解雇されたこと、被申請会社と町切炭砿砿員労働組合(申請人等はいずれもその組合員)との間に契約として締結された砿員退職規程が存在し、その内容が申請人等主張のとおりであること、退職金算定の基礎賃金が坑内夫四百七十五円、坑外夫二百九十円、保護砿員二百六円であること及び申請人等の勤続年数がそれぞれ別紙目録記載のとおりであることは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証によれば、右退職規程において、勤続年数に一年未満の端数を生じた時は月割計算とし、同規程第二条による退職金額を支給すべき場合(以下仮に一般退職と称する)として一、死亡、二、負傷、疾病、老衰のための退職、三、停年退職、四、女子砿員の結婚のための退職、五、職員に採用された場合の五項目を定め、なお同規程第四条において砿員が自己の都合により退職する場合は一般退職の退職金額から勤続年数に応じ一定率の減額をすることを定め、結局退職金額の算定方法として一般退職、自己都合による退職、会社都合による退職の三種の場合を定めていることを認めることができる。

成立に争のない乙第二号証に証人久保田徳、臼杵謙、高崎益郎の各証言及び本件口頭弁論の全趣旨を綜合すれば、町切炭砿は昭和二十八年六月下旬の大水害により殆んど廃滅状態に陥り、会社側の調査の結果事業継続が不可能と認められるに至つたため、労働基準法第二十条による解雇予告の除外認定を受けた上、申請人等に対し一せいに本件解雇の通告をなすに至つたものであることが認められる。

被申請人は右の如き天災事変による事業継続不可能のための解雇については本件退職規程に何等の定めがないから退職金支払の義務はないと主張する。その趣旨は本件解雇は砿員の自己都合による退職でもなく、会社都合による退職でもなく、又前記一般退職の五項目のいずれにもあたらないから、退職規程を適用すべき余地はないというのであろう。しかしながら前記一般退職の五項目は必ずしもこれを制限列挙的な規定と解さなければならない根拠はなく、むしろ一般退職の退職金額が原則規定であつて、自己都合又は会社都合のいずれにもあたらない場合は右原則に従うべきであり、前記五項目は原則規定を適用すべき場合を例示的に示したものと解するのが最も妥当な解釈であろうと考えられる。殊に証人北島啓二、蝶利雄、久保田徳、臼杵謙、高崎益郎の各証言により認め得られるように、本件退職規程が団体交渉の結果会社と組合との契約として締結せられたものであること、被申請会社においては右退職規程が作られて以来、会社の経理面において退職金引当積立金なる勘定科目を新に設け、出炭一瓲当り三十円位の積立金を計上し、本件解雇当時において右積立金は金百二十万円位の数字に達していたこと等の事実に徴すれば、本件退職規程に定められた退職金は単なる恩恵的なものではなく、労働に対する対価の一部たる性質をも具有するものと解せられる。そうだとすれば、天災事変による事業の荒廃のため会社側も重大な損失を蒙ることは予想されたとしても、本件退職規程の団体交渉において、当事者が天災事変の場合特に退職規程の適用を排除すべき旨を協定したものとは、とうてい考えられない。

そこで本件の場合は砿員の自己都合による退職でないことは明かであるから、被申請会社は申請人等に対し少くとも一般退職の退職金の支払義務あるものといわなければならない。申請人等は会社都合による退職にあたるものであると主張するけれども、本件は前認定のように水害による事業廃滅が原因となつたものであつて、その点につき特に会社側に責を問うべき事実の存在については、これを認めるに足る疎明がないから、申請人等の右主張は未だ採用するを得ない。

次に仮処分の必要性について考える。本件において被申請会社が解雇予告の除外認定を受けて申請人等を即時解雇し、そのため申請人等は予告手当の支給も受け得られなかつたことは当事者間に争がない。通常の被解雇者が予告手当及び退職金の支給を受け、次の就職又は転業まで相当時日に亘り生活の安定が得られるのに比し、申請人等は現に右のいずれも支給せられず、たとえ失業保険金の給付は得ているにしても現在生活面で窮迫を覚え、今後日時の経過に伴い、その窮迫度はいよいよ増大すべきことは推測に難くなく、他面本案訴訟の判決確定までは相当年月を要することは当然予想せられるところである。被申請人提出援用の全疎明によるも未だ右認定を左右するに足りない。そして前認定の退職金額は別紙目録のとおり最低二千八百八十四円、最高三万五千百五十円に過ぎない。この程度の金額を本案判決確定を待たなければ支払を受けられないとするのでは、却つて本件退職規程を定めた趣旨が没却し去られる恐れさえある。そこで本件においては仮処分の必要性あるものと認めざるを得ない。

以上により本件仮処分の被保全権利及び必要性につき、いずれも疎明があつたものというべきであるから、右認定の限度において本件仮処分申請を認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岩永金次郎)

(別紙目録省略)

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